「私の態度がおかしかったですからね。気になるのも当然でしょう」
「も、申し訳ありません」
「いえいえ、構いませんよ。あなたは口も固いから、私は心配していません」
「は、はぁ」
もちろん誰かに話すつもりなどないが、なぜ隠すのだろうか?
そんな疑問は、心の片隅に残った。
だが、それはとても小さな疑問だ。そもそも霞流慎二には、疑問や不可解な行動が多すぎる。
今だって………
もう気配もない玄関の方角を振り返る。
別に誰かに迷惑をかけてるワケじゃあないけど、やっぱり問題よね。
「また、あなた達にはご苦労をお掛けしてしまいますね」
「そんな、苦労だなんて……」
事実、茜は自分の仕事を苦労だなどと思ったことはない。
ストリップ劇場で擦れた毎日を送っていた頃に比べれば、今の生活は天国だ。
苛めも妬みもない。
むしろ、元の生活に戻ってしまった霞流慎二に、憐れみすら感じる。
憐れと言うなら、智論様もそうよね。
快活な女性だが、彼女の存在もいまいち効果はないようだ。
むしろあの方は、少し田舎臭い方がお好きなのかも?
「あの方を、お呼びしたらいかがでしょう?」
この霞流邸で、数日を過ごした少女。
「あの方?」
「大迫さん…… あ、お嬢様の方」
「大迫美鶴さんを…… ですか?」
だが木崎は、茜の提案にも弱々しく苦笑するだけ。
「どうでしょう?」
「ダメでしょうか?」
「そもそも、どうして慎二様が美鶴さんに興味を持たれたのか、理由がわかりませんからね」
なにせ と、視線を遠くへ移す。
「気紛れな方ですから」
本当に―――
茜は、出かけてしまった霞流慎二の容貌を、思い起こした。そしてふーっと深く息を吐き、休めていた手を再び動かし始めた。
酒臭い息に眉をしかめるでもなく、やんわりと肩に巻かれた腕を解く。
「ほらほらっ ちゃんと乗らないと」
その言葉に、男はタクシーの後部座席へ腰を下ろす。
だがきっと、意識も定かではないのだろう。完全に酔っ払ったお客の両足を、詩織は強引に車内へ押し込んだ。
毎日のことだ。苦でもない。
「じゃあ、お願いね」
詩織の言葉を合図に運転手はドアを閉じ、タクシーはスルスルと走り出す。
「やれやれ」
だが、休んでいる暇はない。まだ店の中には、常連客が屯っている。
別に、客相手は嫌ではない。詩織は、この仕事が好きなのだ。
そんな自分にクスッと笑みを漏らし、店へ入ろうとして足を止めた。
あれ?
一瞬だった。だから、確証はない。
だが一瞬、詩織の視界を掠めたのは―――――
「詩織ちゃ〜ん」
「あっ はぁ〜い」
呼ぶ声が、詩織の思考を現実へと引き戻す。小走りで店の中へ姿を消したその後を、湿気を含んだ熱風が漂う。
風が、熱を含んで滞る。
今年の夏が――― やって来る。
------------ 第3章 盲目Knight [ 完 ] ------------
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